こんにちは、映画好きライターの田中です。
ほぼ毎日映画を観ている私が、おすすめしたい映画の見どころや感想をご紹介します。
本日取り上げるのは、2022年製作、2023年5月26日公開の映画『アフターサン』。
スコットランド出身の新鋭、シャーロット・ウェルズ監督の長編映画デビュー作です。
手持ちカメラを使った懐かしさのある映像、穏やかに、時に不穏に過ごす親子のバカンス。一夏の淡い思い出を淡々と切り取った良質なサマームービーでした。
ただ「映像綺麗だね」「えもかったね」だけでは終わらせられない、独特な「しこり」が残る作品でもあります。それだけに深みがあり、どこか謎めいた魅力があると感じました。
というわけで今回は、映画『アフターサン』の見どころや感想をご紹介したいと思います!
※内容はネタバレ含みます
目次
概要
幼いころ父親と二人で過ごした夏休みの思い出を、成長した女性が回想する形で描いたヒューマンドラマ。世界各国の映画祭や映画賞で話題となりました。
監督は、本作で長編デビュー。スコットランドの新星、シャーロット・ウェルズ。出演はテレビドラマ『ノーマル・ピープル』で注目を浴びたポール・メスカル。主人公のソフィ役は、オーディションで選ばれた新人のフランキー・コリオ。
あらすじ
11歳の夏休み、思春期のソフィは、離れて暮らす31歳の父親カラムとともに、トルコのリゾート地へやってきた。
カラムが入手したビデオカメラで互いに大切なひとときを撮り合い、親子は二人きりの親密なバカンスを過ごす。
それから20年後。当時のカラムと同じ年齢となったソフィは、そのときに撮影した懐かしい映像を振り返り、父との記憶を反芻していく。
『アフターサン』の感想
まずは、『アフターサン』の感想から述べていきたいと思います。
忘れていた「何か」を思い出す
『アフターサン』は、誰もが経験する心象風景のような映画だと感じました。
夏のうだるような暑さ。古いリゾートのどこか寂しげな雰囲気。大人たちへの憧れ。そしてどこか空元気な父親。
ソフィは11歳で、まだ大人の世界は知らないものの、少しずつ大人になろうとしている年齢。
そんな子供と少女の狭間にいるソフィがリゾートで経験する、何かから取り残されたような心許なさは、確かに自分自身も感じたことがあるような気がします。
そのため、視覚的に物凄いノスタルジーを感じました。それは単純に「懐かしい」というものではなく、どこか痛々しくもありました。
大人になると忘れてしまう大切な「何か」が、この作品には詰まっているのではないかと思います。
家族でもすべては理解できない
ソフィの父親、カラムがその後どうなったのか、明確には描写されません。しかし、カラムの部屋での様子や海辺の入水シーンから、自死したのではないかと憶測できます。
劇中では、カラムがどんな心情だったのか、何を抱えていたのか、ほとんど描かれません。それは、幼いソフィには父親の苦悩や心情をキャッチできなかった、ということを表しているようにも感じます。
他人の心のうちは、理解できない。たとえ家族であっても。こんなに近くにいるけど、本当に考えていることは分からないし、分からせてもらえない。そういった他者との関係性によるやるせなさを、ソフィと視聴者は共有していたのかもしれません。
何もできなかった過去をただ眺める
この作品では、何か劇的なことが起こるわけではありません。ただすべての事象が淡々と流れていき、それを見守るように眺めることしかできないのです。
それは、本作が大人になったソフィの回想という形を取っているからでしょう。
過去は変えられません。そのため、ビデオの中のソフィは父親の苦悩を感じることはできず、ただ無邪気にバカンスを楽しむことしかできない。
その無力感が、消えない日焼け跡のようにひりついたまま、ソフィの心に残り続けている。
しかし父と娘のひと夏の思い出をとじこめたホームビデオは、ただただ暖かく、優しさに満ちています。それが救いでもあり、皮肉のように感じました。
『アフターサン』の見どころ
次に、『アフターサン』で外せない見どころを紹介していきます。
父の娘のかけがえのない時間
見どころは、やはりソフィと父、カラムのかけがえのない時間です。というか、この作品の9割は、リゾートで過ごす父娘の他愛ないシーンなのです。
そんな何気ない大切な時間を淡々と描くことで、その後の父の消失がより悲しくショッキングなものになっていく構造に感じました。
本作は非常に余白が多く、解釈の余地も視聴者に委ねられています。
もちろん映画の楽しみ方は、千差万別。ただ本作は、この父と娘の微笑ましい日常パートを、ただゆっくり眺めるのが一番楽しめるのではないかと個人的には思いました。
ソフィ目線で見る眩しい大人の世界
この作品の多くはソフィ目線で描かれており、ソフィの目から見る、リゾートに滞在する大人たちはとても眩しいものに映っています。
特に顕著な例が、リゾートに滞在する若い男女たち。彼らは性に奔放であり、非常にオープンな友情関係を築いています。
父親とリゾートに訪れたソフィと、友人だけでバカンスを楽しむ若者たち。
この対比は、ソフィに言いようのない劣等感を与えているように感じます。そしてその劣等感は、憧れへの結び付きます。
大人の世界への憧れ。大人そのものへの、ある種性的な興味関心。そんな生々しい性への目覚めの描写も、作品の見どころの一つでしょう。
示唆的なストロボシーンと『Under Pressure』
劇中屈指の謎は、作中でたびたび挟まれるストロボシーンとその挿入歌です。
本作『アフターサン』は、父娘のかけがえのない時間を眺める映画ではありますが、随所に散りばめられた謎を考察する作品としての楽しめます。
ここでは、考察サイトなどを見つつ、筆者が感じた作品の違和感とその解釈について勝手な意見を述べていきたいと思います。
ストロボシーンの謎
バカンス最後の夜、ソフィとカラムはパーティ会場へ向かい、2人でダンスを踊ります。そこで2人は、別れを惜しむようにハグを交わします。そして曲に合わせ、大人になったソフィがカラムを見つけハグする様子が重ねられる演出になっています。
さらに休暇終わり、帰省するソフィを空港で見送るシーン。別れ際のソフィをカメラで映していたカラムがビデオカメラを閉じ、奥のストロボの部屋へ入っていく様子で作品は終わります。
ストロボのシーンは、一体何を表しているのでしょうか。
大人になったソフィと、31歳のカラムがダンス出会うストロボのシーンは、淡々と描かれた父娘の日常パートとのギャップがあり、どこか示唆的です。しかし結局そこはどんな場所なのか、明確に示されません。
ソフィが大人になったとき、すでにカラムはこの世にいません。そのため、ストロボシーンは、ソフィの心情を映し出したイメージ映像であると考えられます。
フラッシュが繰り返される部屋は、ソフィの心の中(カメラ?)。そしてそこは、唯一ソフィがカラムと会える場所なのではないかと思いました。
挿入歌『Under Pressure』
ストロボシーンの挿入歌は、1981年にリリースされた、クイーン&デビッド・ボウイの『Under Pressure』です。
『Under Pressure』というタイトルの通り、この曲は人生や恋愛における「プレッシャーやストレス」を歌った曲です。
劇中では、カラムが人生における何かしらのプレッシャーに押しつぶされそうになっている様子が散見されます。当時、そんな父の心情をキャッチできなかったソフィが、大人になり父が感じていた圧力を理解する演出にも読み取れます。
カラムの感じていたプレッシャーとは?
カラムは、自死するほどのプレッシャーやストレスに苛まれていた。では、父親カラムの感じていたプレッシャーとはどのようなものだったのでしょう。
作中、カラムの人物像は謎に包まれています。
ソフィをバカンスに連れていき、常に献身的に面倒をみる様子は、良き父としか言いようがありません。しかし、それだけではない、複雑な人間性も垣間見えます。
腕の包帯(大怪我をしている?)、太極拳に心酔、ベランダでの喫煙、カラオケ大会での不機嫌、海辺で入水、全裸で睡眠…。
もちろん、人間なら誰しも不機嫌になるときはあるし、一人でいたいときだってあります。それは不思議なことではないのですが、そういったシーンを作中に入れているということは、何らか意味するものがあるともとれます。
作品を繰り返し視聴することで、カラムの抱えていたものや、自死した原因が分かるかもしれません。
『アフターサン』が楽しめる人の特徴
映画『アフターサン』が楽しめる人の主な特徴は、下記のとおりです。
- 静かな映画が好き
- 夏を感じたい
- 家族ものの映画が好き
- フィルム感のある映像が好き
- アートな映画が好き
- 雰囲気のある映画が好き
- 淡々とした映画が好き
- 余白のある映画が好き
- ゆっくり一人で観たい
- 寝る前にぼうっと観たい
『アフターサン』が好きな人のおすすめの映画
ここでは、『アフターサン』が好きな人におすすめの作品をご紹介します。ぜひ併せてご覧ください!
SOMEWHERE
『マリー・アントワネット』や『ロスト・イン・トランスレーション』のソフィア・コッポラ監督が、父親との思い出や、2児の母となった自らの経験を投影して製作した作品。
第67回ベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞。米ロサンゼルスの有名ホテルを舞台に、映画スターのジョニー・マルコが、離婚した妻のもとで育った11歳の娘と再会し、人生を見つめ直す作品。
監督の自伝的映画、両親が離婚している、母のもとで育った11歳娘とつかの間の時間、など類似点が非常に多い作品です。
カモン・カモン
ニューヨークでひとり暮らしをする、ラジオジャーナリストのジョニー。彼は妹から頼まれ、ロサンゼルスで9歳の甥ジェシーの面倒を見ることになる。
奇心旺盛なジェシーは、疑問に思うことを次々とストレートに投げかけてくる。
ジョニーの気まずい兄妹関係。独身でいる理由。自分の父親の病気に関する疑問…。
そんな答えにくい質問でジョニーを困らせる一方で、ジョニーの仕事や録音機材に興味を示すジェシー。二人は次第に距離を縮めていく。仕事のためニューヨークに戻ることになったジョニーは、ジェシーを連れて行くことに決めるが…。
『20センチュリー・ウーマン』『人生はビギナーズ』のマイク・ミルズ監督が、突然始まった甥との共同生活に戸惑いながらも歩み寄る主人公ジョニーの日々を、全編モノクロ映像とともに描いたヒューマンドラマ。
『ジョーカー』でアカデミー主演男優賞を受賞したホアキン・フェニックスが、子どもに振り回される独身男性を軽やかに演じた。ジェシー役は、新星ウッディ・ノーマン。
人生のさまざまな問題を抱えた大人と無垢な子供という組み合わせ、さらに配給会社が『アフターサン』と同じA24ということで、挙げさせていただきました。
Summer of 85
セーリングを楽むためヨットで沖に出た16歳のアレックス。しかし突然の嵐に見舞われヨットは転覆し、たまたま居合わせた18歳のダヴィドに救出される。
2人は出会ってから急速に友情を深め、それはやがて恋愛感情へと発展。アレックスにとって、それは初恋となった。
2人はダヴィドの提案で、「どちらかが先に死んだら、残された方がその墓の上で踊る」という誓いを立てる。2人は女友達ケイトが原因で大喧嘩をし、その後ダヴィドは不慮の事故により死亡。初恋の人を失い生きる希望を失ったアレックスを突き動かしたのは、ダヴィドと交わしたあの誓いだった…。
フランス映画界の名匠、フランソワ・オゾン監督が影響を受けたエイダン・チェンバーズの小説『おれの墓で踊れ』を映画化。主演には、フェリックス・ルフェーブルとバンジャマン・ボワザン。第73回カンヌ国際映画祭、オフィシャルセレクション選出作品。
『Summer of 85』も、『アフターサン』同様、大切な人とのひと夏の思い出を描いた作品です。ノスタルジックな映像の雰囲気もどことなく似ています。
まとめ
以上、映画『アフターサン』の感想をご紹介しました。
私は映画館を出てから、しばらくは放心状態。私は一体何を観ていたのだろう…とぼんやりしてしまいました。
それは喪失した「何か」について考える時間でした。ソフィにとってそれは単に父親というだけではなく、無垢だった幼少期、ストレスを知らなかった自由な時間、なども含まれるのかもしれません。
鑑賞後、時間が経てば経つほど味が出てくる作品だと思います。
最後までお読みいただきありがとうござました!
LAの高級ホテル、シャトー・マーモントで暮らす映画俳優のハリウッドの映画スタージョニー・マルコ。ジョニーはフェラーリを乗り回し、派手な生活を送っていたが、心はいつも空虚だった。
そんなある日、別れた妻と暮らす11歳の娘、クレオがジョニーを訪ねてくる。久々に再会した2人はしばらく親密な日々を過ごすが、やがて、クレオが去る時がやってくる…。