こんにちは、映画好きライターの田中です。
ほぼ毎日映画を観ている筆者が、おすすめしたい映画の感想や見どころをご紹介。
今回取り上げるのは、イ・チャンドンの長編デビュー作・若き日のソン・ガンホを拝める『グリーンフィッシュ』です。
なかなかマイナーで、お目にかかれる機会も少ない作品ですね。「イ・チャンドン レトロスペクティヴ4K」にて鑑賞しました。
イ・チャンドン監督ならではの、多面的な人物描写とほとばしる人間讃歌は本作でも健在。長編デビュー作とは思えない仕上がりでした。
『ペパーミント・キャンディ』や『オアシス』が好きな方は、とても楽しめる作品だと思います!
今回もレビューなどを参考にしながら、個人的な感想や考察をご紹介していきたいと思います。
※ネタバレ含みます
目次
概要
『オアシス』『バーニング』のイ・チャンドン監督が1997年に手がけた長編デビュー作。
『シュリ』のハン・ソッキュが主演を務め、裏社会に生きる男女の人間模様を情緒的に描いた。
2023年、イ・チャンドン監督特集上映「イ・チャンドン レトロスペクティヴ4K」にて、4Kレストア版で公開された。
映画『グリーンフィッシュ』の配信状況
2023年9月14日現在、以下の動画配信サービスで視聴できます。
サービス名 | 視聴状況 | 初回お試し |
---|---|---|
U-NEXT |
配信なし |
31日間無料 |
Hulu |
配信なし |
無料体験なし |
プライム・ビデオ |
配信なし |
30日間無料 |
Netflix |
配信なし |
無料体験なし |
ABEMA |
配信なし |
2週間無料 |
DMM TV |
配信なし |
30日間無料 |
TELASA |
配信なし |
2週間無料 |
あらすじ
兵役を終え、汽車で故郷へと向かう青年マクトンは、赤いスカーフの女性と出会う。マクトンは女性が車内で男たちに絡まれているところを助けるが、女性とは言葉を交わすことなく別れてしまう。
その後、マクトンはその時の女性、ミエと再会を果たす。彼女は新興組織のボス、テゴンの情婦だった。マクトンは彼女の紹介で、組織の一員となる。マクトンはテゴンに忠誠を誓いながらも、ミエに恋心を抱いていた。
そんななか、対立組織のボスが出所し、テゴンたちは圧力をかけられる。
映画『グリーンフィッシュ』の感想
映画『グリーンフィッシュ』の感想や見どころをご紹介します。
不器用で憎めないキャラクター像
個人的にイ・チャンドン監督の魅力は、多面的な人物描写にあると思っています。彼の作品に登場するキャラクターは、非常に不器用な生き方をしていたり、救いようのない犯罪者だったりしますが、それでもどこか憎めなく愛おしい描かれ方をしています。
それは、「人間」は善悪で語ることができないほど多面的であることの表れなのかもしれません。そしておそらくイ・チャンドン監督は、そんな多面的な「人間」を、美しいと感じているのではないでしょうか。
本作でも、主人公のマクトンはスマートとはいえない人物。喧嘩に強いわけでも、思慮深いわけでもありません。
しかし純粋で、愛に溢れています。そして、純粋がゆえにどこか儚さも感じます。
ミエはマクトンに、「あなたは純粋な人ね」と言います。裏社会が長いミエにとって、そんな純粋な人間がこの世界で生きることは難しいと悟っていたのかもしれません。
韓国の兵役制度と若者の不安
本作では、マクトンが兵役を終えたところからストーリーが始まります。
韓国では、日本とは違い「兵役制度」があります。「兵役法」という法律で、特別な理由がない限り、韓国の男性は兵役が義務化されています。
兵役制度に馴染みのない日本では想像しづらい部分もありますが、おそらく兵役を終えた韓国の若者は、その後新たな社会生活に踏み出す必要があり、そこには大きな不安がつきまとうのではないでしょうか。
マクトンも、例外ではありません。兵役後に開発が進んだ見慣れない故郷に戻るものの、家族は分裂気味で、どこか目的を見失ったような虚無感が漂います。
そういった兵役後の言いようのない不安が、マクトンを裏社会に誘ったのかもしれませんね。
ミエのファムファタル性
本作は、ファムファタル(※)的な側面のある作品だと感じます。
主人公マクトンは、ひょんなことから汽車のなかで美しい女性、ミエに出会います。ミエとの出会いがきっかけで、彼の人生は大きく狂っていきます。
ミエに再会したマクトンは、彼女が新興組織のボス、テゴンの愛人であることを知ります。マクトンはミエの計らいでテゴンの組織に入り、裏社会にのめり込んでいきます。
そして最後は、対立組織のボスを殺害したことでテゴンに殺されてしまいます。
マクトンにとってミエは、まさしく自分の運命を根こそぎ変えてしまうような女性だったのでしょう。
しかし、ファムファタルとしてのミエの描かれ方は、とても独特で斬新です。
色っぽくもチャーミングで男を惑わすファムファタルとは違い、常に酒を飲み、やさぐれ、急に泣いたり笑ったりと情緒不安定な部分が散見されます。
他人を惑わすというよりは、どこか危うげで、思わず守ってあげたくなるような魅力を感じる人物として描かれていました。
※ファムファタル…フランス語で「運命の女」。文学や絵画のモチーフとして登場することが多い
キーアイテム「赤いスカーフ」
作中の重要なマクガフィンとして、「赤いスカーフ」が登場します。このスカーフも、ミエのファムファタル性に大きく関係していると思います。
最初に赤いスカーフが登場するのは、冒頭シーン。兵役を終えたマクトンが汽車のなかでミエに出会い、赤いスカーフが彼の目の前まで風に乗って飛んできます。
画面は一瞬赤く染まり、「赤いスカーフ」はとても印象的に視聴者の心に残ります。
その後、赤いスカーフはミエと再会するアイテムとして登場します。ミエと再会したことで、マクトンは裏社会にのめり込むようになります。
そして終盤、マクトンが対立組織のボスを敵討ちしようとする場面でも、赤いスカーフはマクトンの背中を押すように登場します。
物語に展開があるとき、そこには必ずと言っていいほど赤いスカーフがありました。
赤いスカーフは、もともとミエの所有物でした。美しく魅惑的であるがどこか危険も感じる、「ミエ(ファムファタル)」にぴったり当てはまるアイテムのように感じました。
タイトル「グリーンフィッシュ(緑の魚)」の意味とは
タイトル「グリーンフィッシュ」とは、どういう意味なのでしょうか。
何せ作中で一度も「グリーンフィッシュ」の実体が登場しないものですから、ぼうっと観ていると見過ごしてしまうかもしれません。
主人公のマクトンは、対立組織のボスを殺し、自分の命も危ぶまれる最中、兄に電話をかけます。
その際、幼い頃に兄弟たちと川で見た「緑色の魚」について思い出話をします。
おそらく、タイトルの由来もここから来ているのではないでしょうか。
本作の冒頭ではマクトンの幼少期の写真が写され、ラストシーンでマクトンの家族たちが経営する地鶏の店にも写真が貼られていました。
作中で、「幼少期の思い出や夢」は非常に大切なものとして語られます。「家族で小さな店を出して幸せに暮らす」というマクトンの幼い頃からの夢は、とても純朴でどこかいじらしい。
皮肉にも、幼い頃からの夢を語り、「それは素晴らしい」と称賛したテゴンによってマクトンは殺されてしまいます。
つまり「グリーンフィッシュ(緑色の魚)」とは、幼い頃の思い出や夢、マクトンにとって憧憬に近いものなのではないでしょうか。
作中に何度も登場する揺れる柳の木も、グリーンフィッシュを連想させます。ラスト、ミエはその柳の木を見て、マクトンの存在を思い出します。
イ・チャンドン監督らしい、絶望のなかに微かな希望が残るラストシーンだと思いました。
映画『グリーンフィッシュ』が楽しめる人の特徴
映画『グリーンフィッシュ』が楽しめる人の主な特徴は、下記のとおりです。
- イ・チャンドン監督作品が好き
- アジアのマフィア映画が好き
- 情緒的な作品が好き
- 悲恋ものが好き
- 韓国映画が好き
- 90年代の韓国の雰囲気を味わいたい
- 解釈の余地があるラストシーンが好き
映画『グリーンフィッシュ』が好きな人におすすめの映画
ここでは、映画『グリーンフィッシュ』が好きな人におすすめしたい映画をご紹介します。ぜひ併せてご覧ください!
ペパーミント・キャンディー
韓国現代史を背景に、1人の男性の20年間を描いた人間ドラマ。韓国のアカデミー賞と呼ばれる「大鐘賞映画祭」で作品賞など主要5部門受賞。のイ・チャンドン監督が手がけた長編第2作です。
『グリーンフィッシュ』と同様、イ・チャンドン監督の人間ドラマということでおすすめに挙げさせていただきました。
この作品は、仕事も家族も失った絶望の最中にいるヨンホが、自身にとって一番美しく純粋だった20年前に帰りたいと願い、記憶の旅に出るというストーリー。ヨンホの現状の悲惨さと、20年前の初々しい純粋さの対比が残酷な本作。もう戻らない過去への恋焦がれた経験は、誰にでもあるでしょう。そして現実を受け止め、過去を過去と認めて諦めることは、非常に勇気がいることかもしれません。それでも私たちは、常に「現在」しか生きられない。だから、どんなに惨めでも辛くても、現在を生きていくことでしか過去の憧憬を消すことはできない。
「人生とは」という普遍的なテーマについて考えさせる壮大な作品です。
オアシス
暴行、強姦未遂に続き、ひき逃げ死亡事故で2年6ヶ月の間服役していたジョンドゥは、刑を終え出所したばかり。家族の元へ戻るジョンドゥだったが、これまで積み重なった素行の悪さから迷惑がられてしまう。ある日、ジョンドゥはひき逃げで死なせてしまった被害者家族のアパートを訪れる。そこで彼は、寂しげな部屋に取り残された被害者の娘、コンジュと出会う。重度の脳性麻痺である彼女は、部屋の中で孤独な空想世界に生きていた。ジョンドゥとコンジュは互いに惹かれ合い、純粋な愛を育んでいくが……。
こちらは、イ・チャンドン監督が手がける恋愛ドラマです。社会に適応することができない前科持ちの青年と脳性麻痺の女性の愛を描き、第59回ベネチア国際映画祭で監督賞等を受賞。『ペパーミント・キャンディー』で共演したソル・ギョングとムン・ソリが、主人公ジョンドゥとコンジュをそれぞれ演じ再共演。
<関連記事>
いますぐ抱きしめたい
舞台は香港。ギャングの一員であるアンディの元に、初めて会う従姉妹のマギーが訪ねてくる。借金の取り立てに手こずる弟分のジャッキーを助けた後、恋人のメイベルから堕胎したことを聞き、荒れるアンディ。マギーはそんなアンディと衝突しながらも、次第に心を通わせていく…。
香港映画の巨匠、ウォン・カーウァイが1988年に発表した監督デビュー作。香港の暗黒街に生きるギャングたちを描いたスタイリッシュな青春群像劇。のちに監督として『インファナル・アフェア』シリーズなどを手がける、アンドリュー・ラウが撮影を担当した。
こちらは香港マフィアの抗争の話。同じくアジアの巨匠、ウォン・カーウァイの監督デビュー作です。
巨匠はデビュー作にマフィアものを選ぶのでしょうか。奇しくも、こちらの作品も、『グリーンフィッシュ』を観たときと似たような感想を抱きました。監督の有名なヒット作品に比べると洗練されておらず、荒削りな部分が目立つのですが、素朴ゆえの魅力があります。
まとめ
以上、映画『グリーンフィッシュ』の感想や見どころをご紹介しました。
レアな初期作品から不朽の名作まで、幅広く上映している「イ・チャンドン レトロスペクティヴ4K」は2023年9月21日まで。
まだ間に合うという方は、ぜひ劇場に足を運んでみてはいかがでしょうか。
筆者も今週末、大好きな作品『オアシス』を観にいく予定です。
それでは、最後までお読みいただきありがとうございました!
1999年の春。仕事も家族も失い、絶望の淵にいるキム・ヨンホ。彼は旧友たちとのピクニックに、場違いなスーツ姿で現れる。そこは、20年前初恋の女性、スニムと訪れた場所であった。線路の上に立ったヨンホは、向かってくる電車に「帰りたい!」と叫ぶ。すると彼の人生が巻き戻されていく…。自らを崩壊させた妻、ホンジャとの生活。惹かれ合いながらも、結局結ばれることはなかったスニムへの愛。兵士として遭遇した光州事件。最後にヨンホの記憶の旅は、人生が最も美しく純粋だった20年前にたどり着く…。