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名著「星の王子さま」はあなたに何を伝えたいのか

「星の王子さま」という小説を読んだことがある方も多いのではないでしょうか。読んだことがないにしても、その名前くらいは聞いたことがあるでしょう。この本は、フランスの飛行士であり小説家のサン=デグジュペリの代表作で、遡ること約80年前、1943年にアメリカで出版されました。

私は、学生時代にこの本に出会いました。「本を読み、イメージを絵にする」という美術の課題があり、その課題図書の一つなっていたのが「星の王子さま」でした。

10代の少女だった私はこの本を読み、衝撃を受けます。世界の仕組みをほんの少しだけ理解できたような気持ちになりました。そして、これまで、自分が生きている世界に対し、何かが変だと思っていたその理由がぼんやりと分かったのです。その日から、ありとあらゆる人生のターニングポイントで、私はこの本を読むことになります。

そして本作で語られる重要な教え「大切なものは目に見えない」という言葉を胸に刻み、今日という日まで生きてきました。

あまりにも有名な本著ですが、私はもっともっと多くの人に、特に若者にこの本を読んでもらいたいと思っているのです。「いや、読んだことあるよ」という人は多いでしょうが、そうではないのです。繰り返し、繰り返し読み、作者が伝えたかったテーマを自分なりに考えてみて欲しいのです。なぜならこの本は、大人になると多くの人が忘れてしまう大事なものがつまっているからです。

今回は、個人的解釈で「星の王子さま」が伝えたかったことを考察していきたいと思います。

※ネタバレ含みます

「星の王子さま」のあらすじと概要

まずは作品のあらすじと概要を見ていきましょう。

あらすじ

  • 操縦士の「ぼく」は、ある日サハラ砂漠に不時着する。1週間分の水しか持っていなく、周囲に誰もいないであろう砂漠で孤独な夜を過ごした「ぼく」。「ぼく」は翌日、ある1人の小さな少年と出会う。その不思議な少年と話すうちに、彼がとある小惑星から地球へやってきた王子であることを知る。
  • 王子の星は、家ほどの大きしかなく、3つの火山、根を張って星を割くほど巨大になるバオバブの芽、別の星から来た種から咲いた1輪の美しいバラの花があった。王子はそのバラの花を大切に思い、丁寧に世話をしていた。しかし、バラの花と言い合いをしたことをきっかけに、王子はほかの星の世界を見に行く旅に出ることに。
  • 王子は別の小惑星をいくつか訪れる。そこで出会うのは、自分の体面を保つことに執着する王や、賞賛の言葉しか受け入れない自惚れ屋、酒に溺れる呑み助、星の所有権を主張する実業家、1分ごとにガス灯の点火と消火を行う点燈夫、自分の机を離れたことがない地理学者など、何とも不思議な面々だった。
  • そして王子は、地理学者に勧められ、地球へと向かう。
  • 王子は地球の砂漠に降り立つ。そこでまず、ヘビと出会う。その後、王子は高い火山を見たあと、数千本のバラの群れと出会う。自分の星のバラを愛していた王子は、そこではじめて、バラがありふれた花であったことを知り落胆する。
  • 泣いている王子の前に、キツネが現れる。王子はキツネに、悲しさを紛らわせるため自分と遊んで欲しいと頼む。しかしキツネは、仲良くならないと(なつかないと)遊べないと言う。キツネによれば「仲良くなる」とは、あるものをほかの同じようなものとは違う、特別なものだと考えることだと言い、あるものに対しほかよりも時間をかけることにより、何かを見るにつけそれを思い出すようになるらしい。これを聞いた王子は、世界にはいくらほかにたくさんバラがあろうとも、自分が美しいと思い、精一杯の愛情をかけ世話をしたバラはやはり愛おしく、自分にとって一番の特別なバラなのだと悟る。
  • 王子はキツネと別れる頃になり、キツネと「仲良く」なっていたと気付く。耐え難い別れの悲しさに「相手をこんなに悲しくさせるのなら、仲良くなんかならなければよかった」と思う王子に対し、キツネは「金色の麦畑を見て王子の美しい金髪を思い出すことができたなら、仲良くなったことは決して悪いことではなかった」と答える。そして別れ際、王子はキツネから「大切なものは、目に見えない」という「秘密」を教えられる。
  • 日々飛行機の修理に悪戦苦闘するかたわら、このような話を王子から聞いていた「ぼく」。「ぼく」は、ついに残りの水が底をつき、途方に暮れてしまう。井戸を探しに行こうという王子に、「ぼく」は、砂漠の中で井戸が見つかるわけはないと思いながらついて行く。しかし二人は、本当に砂漠のなかで井戸を発見するのである。王子と一緒に水を飲みながら「ぼく」は、王子から、「明日で自分が地球に来て1年になる」と教えられる。王子はその場に残り、「ぼく」は飛行機の修理のため戻っていった。
  • 翌日、奇跡的に飛行機が直った「ぼく」は、王子に知らせに行く。すると、王子はヘビと話をしている最中だった。王子がこの砂漠にやってきたのは、1年前と星の配置が全く同じ日に、ヘビに噛まれることで身体を置いて自分の惑星に帰るためだった。唐突な別れの予感に悲しむ「ぼく」。王子は、「自分は自分の星に帰るのだから、君は夜空を見上げ、その星のどれかのうえで僕が笑っていると想像すれば良い。そうしたら、君は星が全部笑っているように見えるはずだ。」と語る。そして王子はヘビに噛まれ、砂漠に倒れた。
  • 翌日、王子の身体は跡形もなくなっていた「ぼく」は、王子が自分の惑星に帰れたのだと考え、夜空を見上げる。王子が笑っているだろうと考えるとき、夜空はいつも笑顔で満ちているように見える。しかし、王子が悲しんでいるだろうと考えるとき、いくつもの星々が皆、涙でいっぱいになっているように「ぼく」には見えるのだった。

概要

「大切なものは、目に見えない (Le plus important est invisible)」を初め、本著の言葉は「生命」「愛」とは何かといった人生の重要な問いに答える指針になっています。この作品の元になったと言われているのは、サン=テグジュペリが体験した1935年リビア砂漠の飛行機墜落事故。これについては、彼の随筆集『人間の土地』で語られている。

レイナル・ヒッチコック社による1943年の初版以降、作者自身によって描かれた挿絵が使われ、素朴な主人公やキツネなど登場人物の姿は、作品とともに親しまれている。

物語の前置きで、この作品は、「フランスに住み、困難に陥っているあるおとなの親友に捧げる」と述べられている。この献辞にある「おとなの親友」「小さな少年だったころのレオン・ヴェルト」とは、作者の友人であるジャーナリストのレオン・ヴェルトを指している。当時は第二次世界大戦中にあり、レオン・ヴェルトは平和主義者でナチス・ドイツの弾圧対象になっていたユダヤ人だった。

著者サン=デグジュペリについて

サン=テグジュペリは、フランス人の貴族の子弟として1900年に誕生。空軍での兵役を経て、航空会社の飛行士になり空を飛び回る。そのかたわら、小説家としても活動していました。

主に実体験をベースに書かれた著作のなかで、『夜間飛行』はフェミナ賞を受賞。その後、飛行士兼小説家のサン=テグジュペリは、自身の不時着体験をモデルに『星の王子さま』を執筆します。

『星の王子さま』表紙や挿絵のイラストは、サン=テグジュペリ本人が描いたものです。

「星の王子さま」が伝えたかったこと

それでは、サン=テグジュペリが「星の王子さま」を通して伝えたかったことを考えていきましょう。

大切なものは目に見えない

まず、作中でキツネが言った印象的なセリフ「大切なものは、目に見えない」という言葉の意味について考えてみましょう。

作中では、「目に見えるものだけを信じる大人」が度々登場します。それは名誉や財産、容姿など人間の持つスペックによるところが大きいといえます。たとえばトルコの天文学者の話が分かりやすいでしょう。

天文学者は自身の大きなる発見を国際天文学会で発表します。しかし、彼の服装が貧相なものだったせいで、誰もその発見に耳を貸そうとはしませんでした。その後、おしゃれな格好をして発表をやり直したところ、人びとは彼の意見に賛同しました。

このように、「この人がどのような人間か」「信用に足る人間なのか」と人が人を推し量る材料が、目に見える容姿であることが示されています。

素敵な家の説明をするとき、「薔薇色の煉瓦の素敵な家」と言っても、大人たちはそれを想像できないのです。「十万フランする家」と説明し、初めてその家が価値のある家だと判断することができるのです。大好きな友達の話をしても、「どんな色が好きか」「どんな蝶を集めているのか」といった話よりも、「体重と身長はこのくらいで、両親の年収はこのくらい」と説明しないと判断してもえらないのです。

しかし人の本質とは、容姿や地位など、目に見えるものだけで分かるものではありません。

たとえば、今あなたが「生きづらい」と感じているとしたら、その理由はこういった「目に見えるものでしかその価値を判断できない」大人たちの目によるものなのかもしれません。そして、そんな大人にならないよう、目に見えないものを大切にしていた子供のころの気持ちを忘れないでほしい。本作にはそんな切実なテーマが込められているように思います。

誰かを愛することの尊さ

王子は、もともと住んでいた小さな星で、よその星からやってきたバラと出会います。そして、やや高飛車でありながら弱さの見え隠れするそのバラを、王子は大切に思うようになります。

しかし、王子はバラを大切に思っているにも関わらず、バラの気まぐれさを信じられなくなり、言い合いをきっかけに別れを告げ星を去ることになってしまいます。

旅するなかで、王子はバラに対する唯一無二の愛に気がつき、もとの星に帰る決断をします。この王子にとっての「バラ」は、本作のテーマを伝えるうえで重要な存在です。

王子は地球で、バラの群れと出会います。そこで王子は、自分が大切だと思っていたバラは、ありふれた存在だったのだと知り落胆します。しかしキツネとの出会いで、その、その他大勢と同じように見えるバラは、自分が大切に思い丁寧に世話をした唯一無二のバラなのだと理解することができます。

誰かを愛するということは、こういったことなのではないかと思うのです。世の中には多くの人間がいます。しばし、人は代替可能だと言われます。特に誰かが大切な人を失ったとき、人は慰めるつもりで「人は星の数ほどいる」と慰めの言葉をこぼします。もちろん間違ってはいないでしょう。しかし、人を愛するということの大きな意味は、たくさん人がいるこの星で奇跡的に出会い、ほかの人よりも大切に思い、かけがえのない時間を過ごしたその人は、ありふれた存在だとしても自分にとっては紛れもなく特別な存在だったと。そのことに気がつくことでさらにその人が、その人との時間が尊いものになっていくということなのではないでしょうか。

傷つけられてもあなたと出会いたい

地球に降り立った王子は、「僕」と出会うまでにも長く旅をしていました。その道中で王子はキツネと出会います。キツネは王子に、「自分は麦畑が好きではないが、もし王子と仲良くなることができたら、麦畑の色を見ると王子を思い出すようになるだろう。それは素晴らしいことだ」と話します。

王子とキツネの別れの日、キツネはその悲しさに涙します。王子は「こんなに君を悲しませるなら仲良くなんてならなければよかった」と言いますが、キツネは「金色の麦畑を見て王子の美しい金髪を思い出すことができたなら、仲良くなったことは決して悪いことではなかった」と答えます。

人間関係を築くことは、素敵なことですが、傷つくこともあります。親密になればなるほど、傷つく可能性もあります。それどころか、別れの悲しさを経験することもあるでしょう。それでも、辛いとき、悲しいとき、大切なその人との時間を思い出して少しでも暖かい気持ちになれるのなら、出会ったことは悪いことではなかったと思える。

傷つくことは怖いことです。それでも恐れず相手と向き合おうとすれば、必ず得られるものはあるし、その経験はあなたを強くする。こういった考え方の大切さをキツネは説いているのではないでしょうか。

子供の頃の気持ち、忘れないで

操縦士の「僕」は、子供のころ「ゾウを呑み込んだウワバミ」の絵を描き、周囲の大人に見せていました。大人たちにはその絵が、単なる帽子に見えました。しかし王子は、それがウワバミと絵だと、すぐに分かりました。

「少しは頭がすっきりしていそうなおとなに出会うと、ぼくはその人を試すつもりで、いつも持ち歩いていたぼくの絵第一号を見せた。ほんとうに話がわかる人かどうか、知りたかったのだ。でもみんな、いつもこう答えるのだった。「帽子ですね」と。こうなるともう大蛇ボアの話も、原生林の話も、星の話もしない。こっちが話を合わせてあげるしかない。トランプのブリッジとか、ゴルフとか、政治とか、ネクタイの話をする。すると相手のおとなは、こんなにも話のわかる人に出会ったことに、すっかり満足するのだった」(角川文庫「星の王子さま」より)

大人になっても子供の頃の気持ちを忘れないことは、自分が自分らしく、のびのびと生きていくことにも繋がるはずです。

大人は、地位や名誉、数字など、現実的な目に見えるものさしを信じます。しかし、目に見えないものを見ることはできなくなっています。そのため、世間の目を気にせず自分らしさを解放することや、好奇心のままに動くことを忘れてしまいます。

個人的には、それはものすごく寂しいことなのではないかと感じます。空想を楽しんだり、さらなる経験を求めたり、自分の好奇心が満たされる物事に価値を置いたり、そういった人には、ウワバミが見えるのかもしれません。箱の中の羊が見えるかもしれません。

まとめ

以上、小説「星の王子さま」で伝えたかったことを考察しました。

常々、「星の王子さま」について何か書きたいと思っていました。しかし、実際こうして考察してみると、まだまだ私にはこの作品を読み足りていないのではないかと感じました。本作にはもっともっと多くのテーマが潜んでいて、何度も繰り返し読むことで少しずつ伝えたかったことが分かっていくように思います。

読めば読むほど新たな発見があり、そして何度読んでも満足することはないのです。それは、自分が大人になっていくことに抗えないからかもしれません。でも私はどれだけ歳を重ねても、大人になることを抗い続けていきたいと思っています。

きっとまた、大切なものを見失いそうになったときは、この本が目の前に現れるはずです。その日まで、また自分なりに生きてみようと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました!